Eric Clapton 12小節の人生

(この映画をこれから観ようと考えている方は読まないでくださいね。内容に触れています)

エリック・クラプトンの映画を観て、思い出すことがあった。

彼は、1990年ごろだったと記憶するが、当時4歳だった愛息が高いビルの掃除中でたまたま開いていた窓から落ちて死亡するという悲劇に見舞われている。そのときのことを、映画で自ら語っている。

世界中のファンから寄せられた何千というお悔やみの手紙のなかに、息子自身から送られた手紙があった。それは、休暇が終り1週間前に別れた息子が、暮らしているイタリアから出した「パパ、また一緒に遊ぼうね」と書かれたエアメールだった。映画では、この手紙の幼い字が映し出される。この時点で、長年に亘るアルコール中毒だったエリックは、酒なしでは乗り切れないと思い酒瓶に手を伸ばそうとするのだが、ふと思いついて、部屋にあったナイロン弦を張ったおもちゃのギターに手を伸ばす。そして、名曲『Tears in Heaven』が生まれた。

思い出したというのは、その頃私が担当していたテレビ番組のことだ。土曜日の夕方1時間の生放送だったその番組は、女子大生たちが出演しておしゃべりする賑やかな番組だった。その音楽コーナーで『Tears in Heaven』がチャートインしたとき、出演者の一人が「さすが、クラプトン、転んでもただでは起きませんね」というような発言をしたのだ。週明けに、私のもとに1枚のハガキが届いた。そこには、子どもを失った親の気持ちが分からないですか。あのコメントはひどいと書かれていた。ぐぅの音も出なかった。私は、出演者がその発言をしたときに諌めなかった自分を恥じた。年長の司会者である私が、やんわりとフォーローしなければいけない局面だった。あれから四半世紀経つが、いまも時々思い出す。ほかにも、同じようなことを繰り返してきた。自分の不用意な発言で多くの人に不愉快な思いをさせ、傷つけてきたことを自覚している。そして、徐々に、自分にテレビやラジオで能天気におしゃべりする資格はないと思うようになった。

仕事上の体験だけではなく、そういう苦い思い出からは一生逃れられないだろう。比較は毛頭出来ないが、エリックも不幸な生い立ちや失恋の痛手など酒に逃げたくなることが多々あったに違いない。だが、辛い思いを酒で一掃することはできなかった。どうすればいいのか?逃げるのではなく、それに見合う、楽しい思い出になる経験を重ねるしかないのだと思う。

ドラッグ中毒、アルコール中毒、息子の死と辛いエピソードの多い映画だったが、現在の彼の穏やかな表情は、愛する家族と友人に囲まれて幸せな後半生であること示していた。だから、彼の中毒時代の酷い様子や女性遍歴などネガティブな側面を関係者が証言するという映画の内容にGOサインを出したのだと思う。ただのギターヒーローの話ではなく、誰しも自分と重ねることができる、とてもフェアな映画だった。