カテゴリー別アーカイブ: 宮脇利充

祭囃子が聞こえる

ねぶたを初めて見たのは35年前の青森でした。八戸でのアルバイトの帰りに、ちょうど祭りとタイミングが合ったので見に行きました。その美しさ、規模の大きさ、そして参加している若者たち(ハネト)の楽しそうな様に圧倒された私は、それからしばらくは、ディスコでも片足で飛び跳ねていました(らっせらー♪)。

その後、テレビ番組でねぶたの制作過程などを見ては、ほぉーと唸っていたのですが、実際に再会したのは2年前の熊本城二の丸広場。熊本地震で被災した人たちを励まそうとやってきてくれた、ねぶたです。その翌年。そして、今年。欠かさず、行きます。行かずにはいられない。美しいものを見たいということもありますが、はるばる青森から来てくださっている心意気に応えないわけにはいかない。

今年も良かったです。暑さが心配でしたが、2日目は風がびゅーびゅー吹いていました(青森から?)。そして、見に来ている人たちの表情の変化を感じました。最初の年は、私でも胸にこみ上げてくるものがありました。見回すと、涙目で見つめている大勢の人がいました。それが、昨年、今年と、笑顔の人が増えたように思います。もちろん、地震から立ち直った人たちばかりではない。それでも、ねぶたには日々の辛さを忘れさせる力があるようです。

主催者のみなさま、ありがとうございます。ボランティアのみなさん、おつかれさまでした(台座を動かしていた鎮西高校サッカー部のみなさん、いい動きだったよ。サッカーも頑張ってね!)。

また、来年も来てもらいたいなぁ。

 

八戸には友人と2人で行ったのだが、現地から参加していた2~3歳年長の青年が、1週間のアルバイトが終わったあと、自宅に食事の招待をしてくれた。鮭の塩焼きを始めお母様が作ってくださった家庭料理はどれもこれもとびきり美味しくて、何杯もご飯をおかわりしたのだった。ご家族の中には、夏休みで東京の大学から帰省していたとても美しい妹さんがいた。帰りに、お礼状を書くために住所と電話番号を教えていただいたのだが、帰路、友人がそのメモをなくしてしまった。それで、お礼状は書けなかった。東京で妹さんに連絡することも叶わなかった。

祭囃子は、出来なかったこと、起こらなかったことへの悔恨を運んでくる。

 

 

 

 

GINの話から

行きつけのお店の主人からすごく美味しいジンを見つけたと聞いて、「やっぱり夏はジンがいいですね」と答えたのだが、なんで俺はそんなことを言うんだろうと改めて考えて思い至ったのは、矢沢永吉の「時間よ止まれ」だった。記憶のなかの歌詞は、こんなふう。

 

汗をかいたグラスの冷えたジンより

光る肌の香りが俺を酔わせる

思い出になる恋と西風が笑うけれど

このひとにかける

 

いいねぇ。

この曲は、不思議な曲だ。たしか、資生堂のCMにあわせてシングルが先行発売され、その後アルバム『ゴールド・ラッシュ』に収められたと記憶しているけど、アルバムのどの曲と比べても、それ以前以後の彼のほかのどの曲と比べても、この曲は声が違う。まったく力みがなく、シャウトもなく、淡々と歌っているんだけど、少し鼻にかかった声に甘さとほのかな苦味と透明感があって、まさに汗をかいたグラスの冷えたジンのような声だ。バックのミュージシャンもすごい面々。アレンジも素晴らしい。しかし、何にもまして、この声。

ただし、これはオリジナルのスタジオ録音だけの魅力で、矢沢さんのライブは生や映画やテレビでこれまで数々見てきたけれど、このクールな感じはライブでは再現できていないと思う。スタジオ盤は、ヴォーカルを加工しているんだろうか?風邪気味だったのか?

クルマの中でかけるといつも家族のブーングが起きるので別のCDに変えるのだが(うぅ涙)、私は何百回も聴いてきたから分かる。この曲は、唯一無比である。日本のロック史において。YAZAWA史において。

では、お聴きください。矢沢永吉さんで、「時間よ止まれ」。

議論好き

先日、居酒屋で4人で飲んだとき、私以外の3人はいずれも県外出身で、いま熊本で仕事をしている人たちだったのだが、「熊本の人ってどうですか?」というだれかの質問に奈良県出身のひとが「議論好きですよね」と言ったのだった。え?議論好き、ですか?うそ?と私は思ったのだが、ほかの2人も「そう、そう」と深くうなずいている。この2人は福岡県出身で、百キロくらいしか離れてないのに、まるで自分たちは祭っ子気質でさっぱりしているが、あんたたちはいつも愚にもつかん話を、あーでもないこーでもないとしよるっちゃん、という顔をしている。

熊本人が新しもの好きだとか、一方で保守的だとかは聞いたことあるが、議論好きとは、都合40数年ここで暮らすが、私は初めて聞いた。ほんとか?まるで、熊本の人っていつもスキップしてますよね!って言われたくらい意外だった。

で、そのひと言を受けてまた誰かが「といっても、解決には至らないんですけどね」と言って、また3人が深くうなずく。なるほど、話が見えてきた。つまり、議論のための議論をしている、と。酒場で、大声で、なんかぬしゃそらちがうばいと話している県民を見ると、議論好きだなと思うのでしょう。でもあれは、議論じゃなくて酒の肴なんですよ。だから、翌日はアルコールのように蒸発して何も残ってないんです。毎度、一からやり直しです。と言おうと思ったのだ、が。

いや待て。違うのか?ひょっとして、口先ばかりで実行が伴わないって言われているのか?う~ん。私自身は確かにそうだ。そうなのだが、みんなもそうなのか?・・議論しようと思ったが、議論好きだと思われてしまうので、やめた。

 

おつかれさまです。

わがアナウンス部にもインターンシップの学生(大学3年生)が来ていて、

きのうお昼を一緒に食べながら昔話をしたのだけれど、

僕のときは、RKKの就職試験は、大学4年の12月でした。

べつに2次募集とかそんなんじゃなくて、次年度入社のための試験。

で、大学4年の夏休みには帰省して海水浴に行ったり遊び呆けていて、

9月に帰京してからぼちぼち就活を始めたのでした。

なんというか、その牧歌的な時代を知っている世代としては、

いまの学生たちは可愛そうだなぁと思うのです。

大学は勉強するために行ってるんだから、思いっきり勉強させてやれよ、って。

 

たぶん中年社会人が10人いたら10人が(ちょっと言い過ぎか)、

「あぁ、若いときにもっとちゃんと勉強しとけばよかった」って思っているはずで、

ほんと、学生さんには、採用合格のためのノウハウよりもそのことを伝えたい。

こういうことです。

いま自分が学生だったらどうだろうと考えてみる。

大学4年の2学期まで遊び呆けるか?う~ん、むつかしい。結局は、世の大勢に流されるだろう。

いまだって、流されているんだし。

だから、勉強しとけばよかったって思うんです。流されないために。

 

昭和の人、なんで。

1966(昭和41)年ごろのはなしですが、

県庁西門通り、砂取小学校から水前寺競技場に至る道沿いに1軒、貸本屋があって、

ときどき漫画本を借りてました。

1冊10円とか15円じゃなかったかな。

チロルチョコレートが3ブロック(いまの3つぶん)で、10円だった時代です。

そんで、その数軒隣にお好み焼き屋があって、

借りたマンガを手に、時々行ってました。

お好み焼き(薄い、ちょぼ焼きて言ったほうがいいのかな?)1枚、2~30円くらいだったかな。

そのときは6~7歳なんだけど、

ひとりで行っていたというのが、いま思えば不思議。

まぁ、牧歌的な時代です。

なんでそんなことを思い出したかというと、

昨日、県立図書館で「貸本漫画の遺産」というテーマでシンポジウムがあったからです。

パネリストは、

梶尾真治さん、伊藤比呂美さん、橋本博さん

(右から)。

面白かった。

 

 

さすがに、年齢層は高かったです。

私は、若輩者です。

1966年というのは、

貸本マンガ屋の最終焉期らしくて、

ぎりぎり、貴重な体験をした、ということになります。

 

何を借りて読んでいたか思い出そうと思って、シンポジウムの後、くまもと文学・歴史館の展示会場に行きましたが、なんにも思い出せませんでした。

でも、いろんな発見がありましたよ。

つげ義春さんはじめ、いろんな漫画家の原画が展示してあるんですけど、

ほとんどの人が、若い頃の画は、その後のタッチ、キャラクターと全然違いました。

手塚さんくらいかな、はじめから画が確立しているのは。

こちらも面白かったです。

マンガ好きの方は、是非。

 

 

 

 

 

Fool on The Roof

天気がいい日に明るいうちに帰ると

必ず屋根に上ります。

そして、日が暮れるまでずっと空を見ています。

最近気に入った空はこれです。

なんだか印象派絵画のようだなと思って撮ったんですが、逆ですね。これを描いたら絵になるんだな。

今日は雨なので、残念だけど、飲んで帰ろう。

 

憧れのGibson

初めてエレキギターを買ったのは20歳のころ。貯めたバイト代5万円を握り締め、友人と楽器の街、御茶ノ水でだった。まぁとにかく、レスポールもどき(Gibsonの、ではない)にしてジミー・ペイジになるか、テレキャスターもどき(Fenderの、ではない)にしてキース・リチャードになるか、どちらかだったわけだが、テレキャスターであればブルース・スプリングスティーンにもなれる、ということで、奮発して5万5000円のTokaiの黒のテレキャスターにしたのだった。ギターヘッドの筆記体の<Tokai>の「T」が<Fender>の「F」みたいで、遠くから見たらFenderに見えるかも?って、友人とバカ話をして盛り上がった(てゆーか、そのつもりでデザインされてたんだろうけど)。それから何度か、友人たちと新宿の貸しスタジオ(歌舞伎町裏のラブホ街を抜けて、てくてく行ったところ)で練習したんだけど、いつも弦を切ってばっかりで閉口した。見かねた上手なもう一人のギターが「宮脇て。ギターは女と同じ様に接するとばい。優しく、やさしく」と言ったのだった(熊本の男です)。あれから幾星霜。いまだに時々、弦を切ります。

楽器は大体値段に正直で、高価なギターはいい音がする。Gibsonのセミアコはいまでも憧れです。高くて手が届かないけど。だけど、どんなに高価なギターを持ってても、触れなきゃ意味がない。僕のTokaiテレキャスは、いまでも30数年前と変わらない5万円の音がします。Tokaiはいいメーカーだなぁと思う。

・・・Gibsonのニュースを聞いて書き始めたら、Tokaiの話になってしまった。