カテゴリー別アーカイブ: 福居万里子

福居、母になります

福居万里子です。

ゲツキン!そしてSNSでは すでにご報告したのですが、子どもを授かりました。

産休・育休のため、しばらく お休みをいただきます。

それにしても、もともと恰幅の良さに定評のある私ですが、

さすがに ≪ 命を宿した ≫ お腹のふくらみ は 別次元のようで・・・

番組中に全身が映ったり、RKKまつり や 取材先など 直接みなさんとお会いしたりする中で『 え?あれ?もしかして? 』と気づき、声をかけていただくことが多くなっていました。

そのたびに励ましの言葉や体へのお気遣いをいただき、うれしく思います。

 

また、気づいていても あえて そのことに触れずに見守ってくださった方も多かったように思います。

ありがとうございます。

 

個人のinstagram や ゲツキン!の放送などを通して報告させていただいたところ、

私の想像していた以上に たくさんのお祝いの言葉を ちょうだいしました。

ひとつひとつお返事することが叶いそうにないので、この場で御礼申し上げます。

( “ お腹の中の子と最後の取材 ” は、福居の気になる劇場『 南阿蘇鉄道 』 )

 

 

『 RKK NEWS JUST. 』

( 2年間 コンビを組んだ 佐々木キャスター )

 

そして、『 夕方Liveゲツキン! 』

( 初代MC3人で、懐かしい写真とともに記念撮影 )

 

災害、コロナ禍・・・振り返れば6年ちかくもの間、

夕方の生放送を通して熊本のみなさんと喜怒哀楽を共有させていただきました。

とても光栄でした。

そのような日々も “ 一旦 お休み ” と思うと、淋しいです。

 

順調にいけば、出産は年が明けてからの予定です。

 

母になると、世の中が違って見える、と いろんな先輩ママたちから言われます。

これから先、熊本の街や文化、そして さまざまなニュースが、

母となった自分の目に どう映るのか、

母となった自分が どんな言葉をつむぐのか――

私自身、その変化が楽しみです。

無事に出産し 仕事に復帰した暁には、また 何らかのかたちで お目にかかれますように。

少し時期が早いですが・・・よい年をお迎えください!(^^)

 

~ おまけ ~

ことし1年の感謝を込めて、ゲツキン!MC4人で 短い動画を撮影しました。

RKKテレビをご覧いただいていると、どこかで流れるかも♪

探してみてください!

そして、これからの『 夕方Liveゲツキン! 』にも ご期待くださいね(^^)

“ 鉄分 ” 摂りすぎ、ですか?

祖父・父・兄・弟とつづく “ 鉄オタ ” いわゆる 鉄道ファンの家系に生まれました、福居万里子です。

そういう家系に生まれたというだけで、私自身は豊富な知識を持ち合わせているわけでは決してないのですが、どうしても鉄道の話題に反応してしまいます。

 

「 夕方Liveゲツキン! 」で 隔週・火曜日にお送りしている『 福居の気になる劇場 』でも、今年度だけで すでに3回も鉄道ネタを投下。

 

4月『 南阿蘇鉄道に贈る 復興のエール 』

砂で絵を描いては消す【 サンドアート 】!

熊本地震 以降、毎年エールを届け続けるアーティスト ≪ Cave ≫ さんを紹介。

 

10月『 懐かしの熊本市電 復活へ 』

2024年の開業100周年を前に、初のクラウドファンフディングに挑戦中!

来年4月には爽やかなブルーのラインをあしらった“ 懐かしの市電 ”が走ります。

 

11月『 引退発表のSL人吉 懐かし映像 』

アニメ「 鬼滅の刃 」とコラボした“ 無限列車 ”に扮した姿も記憶に新しいSL人吉( 蒸気機関車 58654号機 )。

落成から100年を迎えましたが、2024年 春での引退が決まっています。

 

さかのぼれば、春には『 福居がめぐる!南阿蘇鉄道 復旧の最前線 』と題し、

第一白川橋梁の工事現場 や 思い出の駅【 立野駅(跡地) 】にも足を運んだものです。

( ↑ ことし2月撮影 )

( ↑ 27~28年ほど前でしょうか。左端が福居です )

この南阿蘇鉄道といえば、来年は ついに全線復旧を果たします。

『 全線復旧は 2023年 夏 を予定しています 』と、初めてニュースでお伝えしたときには「 なんて時間がかかるんだろう・・・ 」と気が遠くなったのを覚えています。

でも、ついに・・・もうすぐ、なんですね!

夢にみた日付まで すでに1年を切っているわけですが、今どうなっているのでしょうか?

実は、SNSで “ 気になる ”情報をキャッチしました。

さっそく、取材に向けて準備中です。

その様子は 12月13日(火)のゲツキン!『 福居の気になる劇場 』で (^^)♪

防災週間に

防災士になって4年が経とうとしています、福居万里子です。

 

9月1日は ≪ 防災の日 ≫

そして、その前後 8月30日から9月5日は ≪ 防災週間 ≫ でした。

 

9月1日は『 防災・命のラジオ 』の進行役を担当。

これは、熊本県内7つのラジオ局が共同で制作し同時放送するもので、各局が災害から身を守るための取り組みを取材し、それを結集させ、リスナーのみなさんと防災について考える番組です。

ことしは熊本地方気象台・防災気象官の新地航さんをゲストに迎え、近年多発する【 水害 】にテーマを絞ってお伝えしました。

キーワードは『 逃げるスイッチを入れるために 』。

( ↑ 各局のスタッフや機材がRKKに集結!放送の裏側は こんな感じでした )

 

この春から熊本にある5つのテレビ局共同で展開した防災キャンペーンの合言葉も、

『 逃げるスイッチ、オン 』でした。

 

気象や避難に関する情報を受け取った上で、いつ・どのように避難行動に移るか――

その決め手が『 逃げるスイッチ 』です。

危険が差し迫るとき、気象庁も、行政も、私たちメディアも、

みなさんを守るために必要な情報をきっと届けると約束します。

しかし、それを受け取った みなさん自身が『 逃げるスイッチ 』を入れ、行動しなければ意味がありません。

 

いざというときは、誰かじゃなく、あなたが『 逃げるスイッチ 』を入れる。

どうか、お願いします。

私が熊本に来ようと思ったきっかけは、6年前の熊本地震でした。

熊本に来て復興への歩みを取材するうちに、

『 この街や ここで暮らす人たちを、つぎの災害から守りたい 』と考えるようになり、

防災士の試験を受けることを決めました。

 

放送局の垣根を超えて、熊本の防災のために手を取り合う取り組みに防災士として参加できたこと、必ず今後に生かします。

 

~ おまけ ~

先日 台風11号が熊本に接近した際には【 ペット同伴避難 】を取材しました。

熊本市と協定を結んでいる九州動物学院に飼い主と一緒に避難していた犬 ≪ るぅく ≫ くん と。

最近は『 イヌ・ネコ専用 避難バッグ 』もあるんです。

ペットに限らず、それぞれの家庭で いろんな事情があるはず・・・

もう一度、避難所や避難経路、非常食などの備蓄、見直してみてくださいね。

 

今回の台風は、みなさんの備えの甲斐あって 被害は最小限だったように思います。

ありがとうございました。

・・・が、台風シーズンは続きます。

まだ しばらく、気をつけましょう!

崩落した阿蘇大橋 は 今

福居万里子です。

先日の夕方Liveゲツキン!「 福居の気になる劇場 」では、熊本地震で崩落した阿蘇大橋の現状をお伝えしました。

2016年4月16日の本震で崩れた橋桁の一部は、切り立った崖に残されたまま。

県の担当者によると「 たまたま引っかかっただけで、このままだと谷底に落ちる可能性もゼロではない 」といいます。

( とはいえ かなりの重量の構造物ですから、よほどのことでもないと びくともしないそうですが・・・ )

熊本地震がいかに恐ろしいものだったか、人々に伝える【 震災遺構 】として後世に残すことになっています。

今回は、その保存工事が今月ようやく本格化したということで、その最前線を見せていただいたのです。

普段はバリケードが設置されていて近づくことはできません。

阿蘇地域振興局の案内で特別に中へ・・・

これまで立野側から何度も阿蘇大橋を見てきましたし、

河陽側のこの場所だって、バリケード越しではあるものの、初めて訪れたわけではありません。

リポーターというものは、見たもの・感じたものを即座に言葉で伝えなければなりません。

そう教わってきました。

でも、いざ 崩落ポイント に立つと・・・本当に、しばらく言葉が出てこなかったんです。

橋はアスファルト部分がしわくちゃになり、金属のジョイント部分から ごっそりと落ちています。

あれだけ大きな橋です。脆弱な造りであるはずがありません。

遠くから見るだけでは気づきませんでしたが、人々が手を触れていたであろう欄干や、道路照明灯もそのまま残っています。

 

「 怖い 」 「 信じられない 」

そんなシンプルな言葉を発するのが やっとでした。

 

震災遺構というのは、決して見ていて気持ちのいいものではありませんし、

いまだに直視できない人だっています。

 

実は この日、取材の合間に近くのお弁当屋さんで休憩していると、偶然、ある人に会いました。

阿蘇大橋の崩落に巻き込まれて亡くなったとみられる大和晃さんの父・卓也さんでした。

地震直後からRKKも取材させていただいているご縁で私も何度かお会いしていて、こちらに気づいて声をかけてくださったのです。

大和さんは会うと いつも「 ゲツキン!見てるよ 」と言ってくださいます。

今回、阿蘇大橋の取材をすると決めてからも、「 大和さんが放送を見たら 何て思うだろう 」と心に引っかかっていました。

私がこの日の取材内容を正直に話すと、卓也さんは「 そうだね、工事が始まったもんね 」といつも通り接してくださいましたが、心の内は分かりません。

立野側に設けられた見学所には、夏休み中とあって県外からの家族づれが多く訪れていました。

その会話に耳をすませてみると、

「 ここに橋があったんだけど、大きな地震があって壊れてね 」

「 亡くなった人もいるんだよ 」

お父さん や お母さんが、まだ小学校低学年くらいの子どもに言い聞かせていました。

熊本にはキラキラした楽しい場所は たくさんあるのに、家族の貴重な時間を、こうして熊本地震と向き合うことにも割いてくださっているのです。

熊本地震の爪痕を見て どう思うか

そもそも 見たいか、見たくないか

人によって違いますが、私は保存することはムダではないと信じ、見守りたいと思います

福居の気になる劇場 ~ 素敵な “ 臨時採用 ” ~

夏バテ気味なのか、少し食欲が落ちています、福居万里子です。

( でも 身内からは『 お前はこれくらいで丁度いい 』と言われています )

 

先日のゲツキン!『 福居の気になる劇場 』で お伝えしたのは、JR九州の臨時採用についてでした。

【 勤務地 】熊本市内

【 勤務時間 】自由

【 給与 】現物支給

【 福利厚生 】寮・食事つき

【 職場の雰囲気 】風通しがいい

 

こんな不思議な条件で採用されたのは・・・

可愛らしい!ヤギさん たちです。

仕事内容は “ 除草 ”!

九州新幹線の高架下の敷地に生い茂る雑草を、ヤギさんたちに食べてもらおうというわけです(^^)

 

実はJR九州がヤギを『 臨時採用 』するのは 去年につづき2度目。

人の手で除草するとなると、人件費がかかるのはもちろん、熱中症の恐れもありますし、刈り取った草の廃棄にだってお金がかかります。

専門業者に委託する場合に比べて300万円もコストカットすることができたといいます。

しかも、機械を動かすわけではありませんから電力は要りません。

なんてエコな取り組み! 近所の子どもたちの人気者にもなっているんですって。

さらに、去年は4匹採用したところ、あまりに仕事がデキたため、

『 今年は2匹で十分 』となったのだとか・・・

 

採用期間中の名前も素敵で、≪ つばめ ≫ に ≪ さくら ≫。

そう、九州新幹線にちなんだものです。

ヤギたちの職場はJR西熊本駅ちかくの高架下ですが、仕事の進捗によってはドンドン次の場所へと移動してしまいます!(笑)

ぜひ、探しに行ってみてくださいね!

 

~ おまけ ~

JR九州がヤギを借りたのは、菊陽町にある【 ヤギファーム けさお 】というところなのですが、そこには生まれたばかりの子ヤギも・・・!

ふわふわで、体がやわらかくて、可愛くて、連れて帰りたくなりました。

将来は、きっと立派な “ 除草のプロ ” になってね!!

7月豪雨から2年

福居万里子です。

県南部を中心に甚大な被害がでた豪雨災害から2年が経ちました。
節目の日を前に私が訪れたのは、八代市坂本町です。


エメラルドグリーンの球磨川、何度見ても美しいです。
でも、すぐそばを通るJR肥薩線は あの日のまま時間が止まっています。

2年経っても、この状況です。

 

道の駅 坂本は仮復旧ですが営業を再開し、そばにある仮設商店街からは塩焼きにされた鮎の香りが漂います。

 

道の駅の駅長さんに、私は「 よかったですね 」と、安易に声をかけてしまったのですが、

「 でも、観光客の戻りは まだまだ全然なんですよ 」

「 それに、仮設住宅だって入居期限が近づいていて、生活再建もほど遠いですから 」と、現実をつきつけられる答えが返ってきました。

取材で訪れた日、住民のみなさんが七夕の飾りつけをしていました。

短冊につづられていたのは、鎮魂と復興への祈りです。

 

今回の取材では、被災家屋を使ってのプロジェクションマッピングをリポートしました。

被災した住宅が次々と解体されていった中、その廃材や家具などを集めて復旧している家屋です。


映し出されたのは、7月豪雨の爪痕、そして “ かつての坂本町 ” でした。

 

この家屋も2階部分まで水没しました。

恐ろしい経験をしてもなお この地を離れないのは、

いつの時代も、人々の暮らしが球磨川とともにあったからです。

映し出される映像を見ながら ぽつり ぽつり と呟かれる思い出を聞いて、
一言では あらわせない感情になりました。

 

7月豪雨の被害はあまりに大きく、広範囲に及んでいて、私自身いまだにすべての被害や現状を理解できていないと感じています。

自分の目で見て、その土地の人と会話し、そして伝えるということを、これからも続けていきたいです。

もうすぐ夏休み。

遊びに行くことも、立派な “ 復興支援 ” です。

『 坂本町で会いましょう 』!

くまもと 旅日記 〜 春の水俣・後編 〜

福居万里子です。

大型連休に水俣を訪れた もうひとつの目的は、改めて《 水俣病 》を知ることでした。

水俣市立 水俣病資料館です。


『魚湧く海(いお わくうみ)』と呼ばれるほど豊かだった かつての水俣湾から始まり、

経済発展に沸く街の様子、そして猫などの動物に異変が起こり、

ついに人にも症状が現れる・・・という水俣病の経緯を辿ります。

私にとって水俣病は『 教科書に載っていた《 歴史 》 』でした。
しかし、5年前に熊本に来て、水俣湾周辺を歩いてまわり、慰霊式に伺い、

テレビではすべて放送することは滅多にない『 祈りの言葉 』を最後まで聞いたことで、

すごく《 近く 》感じるようになりました。

一方で、たくさんの人の努力で取り戻された水俣の海の美しさも知りました。

 

これは水俣病患者の方が手がけた作品で、手指機能の改善を目的としたアートだそうです。

前回訪れたときには 展示に気づきませんでした。

あえて『 海 』を題材にしたのか・・・それは分かりませんが、
鮮やかな色づかいや、にっこり笑うカニを見て、いろんなことを想像しました。

もうひとつ、水俣病センター 相思社・水俣病歴史考証館にも伺いました。
水俣市立 水俣病資料館から車で5分ほど走り、丘の上にあります。

1畳ほどの小屋。

何に使われたか、ご存じですか。
まだ水俣病の実態が分かっていなかったころのことです。

原因を調べる目的に、ネコを使った動物実験が行われました。
そのネコは【 400号 】と呼ばれ、この小屋に入れられていたのです。
当時の記録には、研究者の心の葛藤も綴られていて、なんとも言えない気持ちになります。


ネコ飼っている私にとって、目を背けたくなるような資料でしたが、

それでも、これが水俣病の歴史です。

400号が暮らした小屋は、この先もずっと水俣病の歴史を伝えるものとして残すため、去年 修復されました。
『 言葉で伝えていくことは もちろん大事だけれど、こうした《 物 》が語りかける力も とても大きい 』
スタッフの方の言葉が心に残っています。

 敷地内には、ひっそりと 猫の墓 もあります。

 

こうした資料館、みなさんが最後に訪れたのは いつですか?
きっと、訪れるたびに違った感情が芽生えるはずです。

くまもと 旅日記 〜 春の水俣・前編 〜

ベランダで “ ラディッシュ ” という品種のバラを育てています、福居万里子です。

( 先日、洗濯物をうっかり棘に引っ掛けてしまい、穴をあけてしまいました… )

 

少し前の話になりますが、大型連休の期間中、水俣に出かけてきました!

春の水俣といえば、《 水俣ローズフェスタ 》。

バラの小道にバラのトンネル…見事な景色にすっかり魅力されました。
 

どれも色鮮やかで、大ぶりなものだと人の顔ほどの大きさにもなります。

 

幾重にもなった花びらが本当に豪華です。

 

( “ 自撮り ” も 絶好調 )

しかし まぁ…私が育てているような鉢植え程度ならまだしも、

バラは手入れが難しいと言われますし、管理していらっしゃるみなさまに心から拍手!

毎シーズン、美しい思い出をありがとうございます。

≪ 道の駅みなまた ≫ もリニューアルしたばかりで、水俣の和紅茶など買い物も楽しめました♪

  

さて、この旅日記には 続きがあります。
春の水俣・後編は『 水俣病を考える 』です。

ごちそうさまでした!

体型的には “ いかにも グルメリポーター っぽい ” 福居万里子です。

 

今年度から 勤務体制が変わり、ラジオニュースやナレーションなど、

ゲツキン!以外にも いろんな仕事をする機会が増えました。

新しい環境というのは いくつになってもワクワクするものです。

 

しかし、私には チョットだけ、不安もありまして・・・

 

それが『 グルメロケ 』です。

 

あまり大きな声では言えませんが、得意じゃないんです、“ 食リポ ”が。

食べることは だ~いすき!なのに・・・

なんでしょうね、誰かにじっと見つめられて食事をするのが恥ずかしいというか、

「 どう?どんな味? 」と期待されるのがプレッシャーというか・・・

 

それでも、任せてもらえる仕事は全力で!

というわけで、さっそくリポーターとしてロケしてきました!

 

≪ その① ≫

4月21日(木)放送

RKKテレビ『 夕方Liveゲツキン!』~ コスパ抜群の海鮮丼 ~

見てくださいよ、この 驚きの盛り付け!!

もはや 器に収める気など まっっったく ありません。

正直、ちょっとやり過ぎでは・・・と思いましたが、

『 お客さんを 喜ばせたい 』

『 魚を好きになってほしい 』

そんな熱い気持ち・優しさが詰まったメニューだったのです。

しかも、ボリュームだけでなく、味も ピカイチ!

ウツボを使った海鮮丼にも遭遇!

怖~い顔のわりに、上品な味の逸品でした。

それぞれのお店の情報は、番組のホームページをご覧ください(^^)

 

≪ その② ≫

4月24日(日)放送

RKKラジオ『 ゴリけんの九州沖縄ぐるぐるマップ 』~ ここは ○○の聖地 ~

 

なんと・・・ラジオの食リポにも挑戦しました。

 

『 ドン‼‼ と 食え 』

これは、正真正銘、お店の名前です。

大人気マンガ「 ONE PIECE 」の作者は、熊本出身の尾田栄一郎さん。

そのキャラクターたちのフィギュアやポスターなどがびっしりと飾られた丼(どんぶり)専門店です。

無数のアイテムの中にはファンから寄贈されたものも少なくなく、

ファンとともに作り上げてきた お店、まさに『 ONE PIECEファンの聖地 』です。

熊本地震からの復興プロジェクト『 麦わらの一味の銅像MAP 』は 手作り!

 

グルメロケに慣れていない福居。

肝心のグルメの写真を・・・うっかり撮り忘れてしまいました。

お店のご主人・原野さんとは しっかり記念撮影♪

もはや 角煮 と言っても過言ではない「 ちゃ~しゅ~(焼豚) 」は 絶品でした!

こちらの放送は、 radiko の タイムフリーで、もう少しの間お楽しみいただけます(^^)

熊本地震から 6年

福居万里子です。

熊本地震の発生から 6年が経ちました。

 

私は ≪ あの日 ≫ を経験していません。

6年前、私は福岡の放送局に勤めていました。

福岡でも震度5強を観測したところがあり、周辺の情報収集に追われました。

目の前の仕事に向き合いながらも、テレビやラジオが伝える傷ついた熊本の姿がショックでした。

熊本で暮らしたことこそ なかったけれど、家族で何度も訪れた思い出の場所だったからです。

 

だから、熊本地震の1年後、熊本に来ることを決めました。

たくさんの人に話を聞き、災害を学び、防災士になり、ニュースを伝えるなかで、熊本地震を知ろうとしてきたつもりです。

 

地震から6年経った今年は 初めて、地震が発生した日の夜に震災遺構を訪れました。

阿蘇大橋の崩落現場です。

今は立野側に立派な展望所が設けられています。

昼間には何度も訪れましたが、

安全な場所で、遠くから『 眺めている 』

どこか そんな印象を拭えませんでした。

一方で、河陽側から見てみると、

曲がったままの標識や無機質なバリケードが残っていて、現場がすごく近くて、暗くて、怖くて、

そこに『 立っている 』と感じました。

そして、4月といえど 阿蘇の夜は まだまだ寒いということも、肌で感じました。

米塚付近の道からは、遠くに輝く熊本市内の灯りが美しかったけれど、

あの日は大規模に停電していましたし、こんな景色ではなかったのでしょう。

 

地震発生から6年が経ち、元気に復興していく熊本を誇りに思います。

 

しかし、こうして震災遺構を訪れるたび、

『 復興を喜ぶあまり、

  自然の恐ろしさを忘れてはいないか?

  悲しみから目を背けてはいないか?

  災害への備えを怠ってはいないか―― 』

自らの日常を考えさせられます。

 

初めて地震発生の日の夜に阿蘇を訪れてみて、

私の中の ≪ 熊本地震 ≫ が またひとつ変わった気がしています。

 

熊本のみなさんと同じ経験をしていない分、これからも ≪ あの日 ≫ を理解する努力をつづけます。