2019/09/8『駅のスピリット』

中原「くまもとの魂をお届けする[くまもとスピリット]、中原丈雄です。

この番組も今年の4月にスタートして、はや5ヶ月。

テレビドラマってのは、あっという間に終わっちゃいますけどネ、

この番組は、ず〜っと続かせたいと思いますよ。

RKKさん!白岳さん!よろしくお願いします。

えー、さて皆さんは、4月にこの番組が始まった時の最初の曲、

覚えてらっしゃいますか?

えー、これまでにねぇ、いちばん良くかけたのは、

加山さんですね、加山雄三さんですけども!

最初にかけた曲は、三橋美智也さんの「赤い夕陽の故郷」でしたねぇ。

そして、今日も三橋さんの曲をお届けしましょう『哀愁列車』!

そして、今日のお題は、この曲にちなんで「駅のスピリット」」

[今週の一曲]『哀愁列車』三橋美智也

中原「[中原丈雄のくまもとスピリット]、 お届けしている曲は、

昭和31年(1956年)三橋美智也さんで『哀愁列車』。ワタクシは5歳ですよ。
えー、三橋さんはねぇ、当時、大人気歌手!

この[哀愁列車]も250万枚のミリオンセラーだったそうですネ。凄いですねぇ〜」

[歌で思い出すふるさと]
中原「(三橋美智也さんの)「赤い夕陽の故郷」を聞くと、

故郷の人吉の夕陽が目に浮かびます。

そして、この「哀愁列車」を聞くと、

故郷の人吉の[駅]が目に浮かびます。

[人吉駅、別れの思い出]
中原「ボクが(東京の大学への進学で)上京する時に、

母がね、おはぎを作って(人吉駅に)見送りに来てくれたんですね。

東京まで20何時間ですからね。

おはぎを、お弁当も買えんかも知れんし、東京まで食べなさいつって、

デカいおはぎを8個くらい、弁当箱みたいのに入れて 作ってくれたんですねえ。

それを持って、みずほのB寝台の2階で、天井に顔がくっつきそうな所で

だからもう、これでもう母と暮らす事はない、

親父達と家族で暮らす事は無いと思うもんですから、やっぱり悲しいんですねえ。

それでも、まともに母の顔が見れない。

母も泣きながら、ボクの事はあんまり見ないで、時々チラチラ見るんだけども、

おっかさんの顔を見ながらもう涙、涙。おっかさんも涙、涙で、、

(列車が)走り出したら、やっぱり走り出してついてくるわけですよ。

ねえ!涙涙で球磨川を見ながら、上京しました。

おっかさんが作ってくれたおはぎは、

福岡に着くまでに全部、食べてしまいました(笑)

ホントに、懐かしいですね。」

[駅のスピリットとは?]

中原「[駅]では色んなドラマが生まれます!

三橋美智也さんの歌を聞くと、色んな思い出が蘇りますねぇ。

皆さんは[駅]のどんな思い出がありますかネ?

列車のお供にも手軽な缶の[金ハイ][銀ハイ]買って、ほろ酔い気分で

ゆったり列車の旅なんて、いかがですか?

ではまた、日曜日の夕方5時にお会いしましょう!

皆さまお体に気をつけて。
くまもとの魂=くまもとスピリット、中原丈雄がお届けしました」

 

【お便り、常に暮集中です!】

中原「お便りは、nakahara@rkk.jp まで。
抽選で[本格米焼酎 肥後時習館]をプレゼントしますバイ!」

 

 


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