中原「人吉生まれの球磨育ち、熊本の魂=[くまもとスピリット]をお届けする
中原丈雄です。
今月はボクの故郷=人吉の隠れ家的なバー[BAR101]からお届けしておりますよ」
中原「目の前を球磨川が流れる、人吉の隠れ家なバー[BAR101]、
今日は、スッキリと[銀しろ]ハイボールを傾けながら、お話をさせて下さいませ。」
中原「あっという間に2月が逃げていきましたねえ。明後日からもう3月ですよ。
えー、今日はですね。久しぶりにメールをご紹介しましょうかねえ。
えー、初めてのメール[なおりん]さんです、ありがとうございます〜。
『ラジオを聴き始めて、時間がゆっくりと流れているような気がして癒やされています。
中原さんの優しい語り口は良いですねえ』ありがとうございます。
『リスナーとの距離も近く感じますねえ』ありがとうございます[なおりん]さん。
またお便り下さいネ!
では!ナンシー・シナトラで「別れのウェディング・ベル」。
今日のお題は[ナンシー・シナトラのスピリット]。」
[今週の一曲]『別れのウェディング・ベル』ナンシー・シナトラ
中原「[中原丈雄のくまもとスピリット]、 お届けしている曲は、昭和39年(1964年)
ナンシー・シナトラで「別れのウェディング・ベル」。
この番組でナンシーちゃんをかけるのは『レモンのキッス』『シュガータウンは恋の町』に
続いて3回めですね。いや〜、ボクはねえ本当にナンシーの歌がスキなんですよ。」
[シナトラの娘は健在!]
中原「(ナンシー・シナトラは)フランク・シナトラの娘ですよねえ。
20歳の時にデビューして、まだご健在だそうです。82歳ですねえ。
ワタクシよりずっとずーっと年上のお姉さまでございます。」
[ナンシー二度のデビュー]
中原「えー、ナンシー姐ちゃんは、フランク・シナトラの娘として
お父っつあんのレーベルからアイドル的にデビューしたんですけどもね。
デビュー当時の20代前半で歌ってたのが「レモンのキッス」。
これがねえ、日本とイタリアではヒットしたんですけど、
本国のアメリカでは全然ヒットしなかったそうなんですねえ。
それでお父っつあんは『これじゃいかん!』と考えて、
25歳の時、ブーツにミニスカートを履いて
[アイドル]から[オトナの女性]へイメチェンしたら大当たり!
「007は二度死ぬ」の主題歌「ユー・オンリー・リブ・トワイス」を
歌うことになったそうなんですね。へえ〜凄い凄い」
[ナンシー・シナトラのスピリットとは?]
中原「[ナンシー・シナトラのスビリット]とは…
[007は二度死ぬ]ならぬ[ナンシーは二度生きる]ですかねえ?
今夜は、この[銀しろ]をハイボールで一杯いただきましょう!
ではまた来週!日曜の夕方5時にお会いしましょう。
くまもとの魂=くまもとスピリット、中原丈雄がお届けいたしました。」
【(全国から)お便り、常に暮集中です!】
中原「お便りは、nakahara.rkk.jp まで。抽選で[白岳KAORU]をプレゼントしますバイ!」
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