中原「さあ10月です![実りの秋][食欲の秋]!10月の故郷、人吉球磨は日本でも
有数のおいしい栗の産地。[球磨栗]のスイーツやパンが味わえるフェアが
各地で開かれてます。人吉球磨はネ、ホント[秋の果物]がおいしいところなんですね!
秋、いいですねえ。[栗]![梨]!そして秋と言えば[柿]もまた良いんですよねえ。
大好きです、僕は。
けどね、ボクにとっていちばん心に残っている果物は、それは昭和の昔、高級フルーツ
だった[バナナ]なんです!というわけで、今日のお題は[バナナのスピリット]!
ハリーベラフォンテで『バナナボート』、お聞き下さい!」
[今週の一曲]『バナナボート』ハリー・ベラフォンテ
中原「[中原丈雄のくまもとスピリット]、 お届けしておりますのは、
1956年(昭和31年)ハリー・ベラフォンテで『バナナボート』。
[で〜お!]って、このフレーズが耳に残りますけどね、子供のころコレ聞いた時には
[痛え〜よ、痛て、痛てえよ]って、そういう風に歌ってましたけどね。(笑)」
[バナナは高級フルーツだった]
中原「今でこそバナナは、コンビニやスーパーで手軽に買えるフルーツなんですけども、
この歌がヒットした昭和30年頃はね、超高級フルーツだったんですよねえ。
今の価格に換算すると、一房で5000円くらいしていたんじゃないですかねえ。
だからねえ、家で気軽に食べるもんじゃない。病院なんかのお見舞いのフルーツカゴに
入ってましたよね。堂々の真ん中に。そういう果物がバナナだったですね。 」
[バナナの思い出]
中原「当時の思い出で言いますとね、いとこが病気で入院してたんですねえ。そいで、
お見舞いに行ったら、病室にドーン!とこのフルーツのカゴが置いてあって、
そこの真ん中にバナナがあったんですよ。でもね、お見舞いですから、知らん顔しながら、
右目でいとこを見て、左目でバナナを見てました(笑)
それで、次の日にね、また見舞いに行ったんですよ。見舞いに行くと言うよりも、
バナナを見に行って(笑)どんななってるかなと思ったらね、真っ黒になってて、
いとこが食べないんですよ。『食べていいよ』って言うからね、
もう!皮ごとかぶりついて食べたら、皮だけ、皮だけ残って中がツルッと落ちてしまって
そういうことがありました。(笑)まあ、それでも拾って食べました。ウマかったですねえ」
[バナナのスピリットとは?]
中原「ではでは![バナナのスピリット]とは…
憧れだった、あの!高級フルーツが今では気軽に手に入って、食べられる…
何とも良い時代になりましたよね!僕は毎日、食べてますよ。
バナナを肴に、[銀しろ]ハイボールで、グラスを傾けましょう。
ではまた来週!日曜の夕方5時にお会いいたしましょう。
くまもとの魂=くまもとスピリット、中原丈雄がお届けいたしました」
【(全国から)お便り、常に暮集中です!】
中原「お便りは、nakahara.rkk.jp まで。抽選で[白岳KAORU]をプレゼントしますバイ!」

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